column

コラム

カーボンニュートラルに向けたCO2の分離回収について

GX-グリーントランスフォーメーション-カーボンニュートラル

カーボンニュートラルに向けたCO2の分離回収について

東京工業大学 教授 村上 陽一

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のレポート[1]が予測するように、地球温暖化ガス(greenhouse gases、GHG)の増加は気候変動を引き起こし、全世界に様々なリスクをもたらしている。GHGの主成分は二酸化炭素(CO2)であり[2]、その大気中の濃度は加速的に増加している(2022年時点で417 ppm、ppmは百万分率)[3]。上述のレポートによれば、1850年から2019年に正味排出されたCO2量は2400±240ギガトンであり、その58%が1850年から1989年の約140年間で排出された一方、42%が1990年から2019年のわずか約30年間で排出されたとのことである[1]。つまり、人類は最近30年間、年あたり平均約35ギガトン(約350億トン)ものCO2を排出してきたことになる。

 

カーボンニュートラル(carbon neutrality、CN)という言葉は、GHGとなる炭素含有分子の排出量と除去量とを均衡させ、正味排出をゼロにすることを意味する[4]。国際エネルギー機関のロードマップ[5]によれば、2050年にCNを達成するためには、2035年に4ギガトン、2050年に7.6ギガトンのCO2回収が必要となる。そして、CO2の回収にはエネルギー投入が必要である。しかし、現在、この莫大な量のCO2を現実的なエネルギー投入によって分離回収できる技術はない。実用化されているアミン分子の水溶液にCO2を吸収させて分離回収する技術は、様々な規模の排出源に適用できる点(スケーラビリティ)に優れているが、水溶液を使うため、CO2をアミン分子から引き剥がす再生(regeneration)工程に大量の熱エネルギーの投入を要する点、アミン水溶液が高い腐食性をもつ点、アミン分子が揮発・劣化しやすい点などが問題となっている[6]。また、用いられるアミンとCO2との反応熱が過度に高い点も再生に多量のエネルギー投入が必要であることの原因となっている[7]。

 

この問題解決には二つの点が重要となる。一点目は、科学の原理である熱力学を正しく理解した上でCO2の分離回収を議論し、技術を検討することである。最近、最重要の工程である再生のことを考えない、あるいは事実上議論のスコープから外している技術の主張がしばしば見受けられる。筆者が一般向けの模擬講義[8]で解説しているように、この点の理解が健全な技術検討の出発点となる。二点目は、CO2吸収材の固体化による、再生に要される投入エネルギーの低減の努力である。近年、そのような固体ベースのCO2吸着材の開発が、最先端の研究領域で繰り広げられている[6,7,9]。

 

私たちの研究グループは、共有結合性有機骨格(covalent organic framework、COF)という新世代の多孔材料を用いた高性能な固体吸着材の開発に取り組んでいる。私たちはCOFの合成に強みをもっており、例えば最近、骨格のトポロジーを制御する方法を発見している[10]。COFはデザイン可能な結晶性の多孔体であり、内部にCO2分子の拡散の経路が存在するだけでなく、骨格にCO2の化学吸着の機能を持たせることが可能と考えられている(図1)。私たちはこのような革新的材料の創製により、冒頭で述べた人類共通の問題の解決を追求している。このような材料による分離回収技術を創出できれば、世界規模での産業創成につながる。現在、その実現に向けて企業の協力者を募っているところである。

図1 共有結合性有機骨格(COF)を用いたCO2回収の概念模式図。COFはナノ細孔をもつ結晶性の多孔体であり、骨格にCO2の吸着機能を持たせる。

 

[1] Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC), “Climate Change 2023 Synthesis Report¾Summary for Policymakers” URL: https://www.ipcc.ch/report/ar6/syr/

[2] United States Environmental Protection Agency, “Overview of Greenhouse Gases” URL: https://www.epa.gov/ghgemissions/overview-greenhouse-gases

[3] National Oceanic and Atmospheric Administration (NOAA), “Climate Change: Atmospheric Carbon Dioxide” URL: https://www.climate.gov/news-features/understanding-climate/climate-change-atmospheric-carbon-dioxide

[4] European Parliament, “What is carbon neutrality and how can it be achieved by 2050?” URL: https://www.europarl.europa.eu/topics/en/article/20190926STO62270/what-is-carbon-neutrality-and-how-can-it-be-achieved-by-2050

[5] International Energy Agency, “Net Zero by 2050¾A Roadmap for the Global Energy Sector” URL: https://www.iea.org/reports/net-zero-by-2050

[6] Nature Materials, vol. 20, pp. 1060–1072, 2021. URL: https://doi.org/10.1038/s41563-021-01054-8

[7] Advanced Functional Materials, vol. 33, pp. 2213915-1–2213915-9, 2023. URL: https://doi.org/10.1002/adfm.202213915

[8] Yoichi Murakami, A Lecture in Tokyo Tech Open Campus 2023 (in Japanese), “The Problem of Increasing CO2 Concentration and the Thermodynamics That Determines Its Capture Efficiency (CO2濃度増大の問題と、その回収効率を決める熱力学)” URL: https://youtu.be/9u3-jzXUtVg

[9] Journal of the American Chemical Society, vol. 145, pp. 17151–17163, 2023. URL: https://doi.org/10.1021/jacs.3c03870

[10] Journal of the American Chemical Society, vol. 146, pp. 1832–1838, 2024. URL: https://doi.org/10.1021/jacs.3c13863

 

研究者紹介 村上研究室サイト