東京工業大学科学技術創成研究院ゼロカーボンエネルギー研究所
所長/教授 加藤之貴
MITの新学長Prof. Sally Kornbluthは2023年5月の学長着任スピーチでMITが喫緊に取り組むべきテーマとして気候変動対策、核融合を挙げた。氏は続けて各テーマは複雑な対象であり個人での解決は困難で、異分野の連携が重要と指摘した。一大学の主張に過ぎないが今の世界の流れを見事に表していると感じた。日本では気候変動対策として2050年カーボンニュートラル(Carbon Neutrality, CN)達成を目指し産官学挙げて取り組んでいる。
CN(カーボンニュートラル)実現をするための技術革新をGreen Transformation(緑転, GX・グリーントランスフォーメーション)ととらえ、東京工業大学ではGreen Transformation Initiative (Tokyo Tech GXI)事業を2022年度から開始した。他にさきがけ持続可能社会に貢献する体系的なGX研究が展開をしている。
CN(カーボンニュートラル)のゴールをグリーン社会として定義し、Tokyo Tech GXIが目指すグリーン社会のビジョンを図に示す1)。この社会の達成を実現する技術がGX技術である。必要なGX技術分野は3点、すなわち(1)ゼロカーボンエネルギー、(2)エネルギー貯蔵・変換、(3)カーボンリサイクル・ネガティブエミッションに分けられると考える。
図 Tokyo Tech GXIのグリーン社会ビジョン1)
1) Overview of ZC, Tokyo Tech, http://www.zc.iir.titech.ac.jp/jp/events/publications/files/Overview_ZC_2023.pdf
一次エネルギーの非化石化が重要であり再生可能エネルギーと世界的には原子力エネルギーも選択肢に入る。再生可能エネルギーは非定常出力が課題である。現状では電気出力が過剰であると電力網が受けきれないため、事前に出力停止を計画する出力制御が行われている。九州電力は2021年度に80日以上、総発電量の4%の出力制御を実施している。また2023年度は東京電力以外の全電力会社に出力制御が拡大している。今後、再エネ発電を増やしても、電力ネットワーク内で使える電力が限られ、再エネの利用普及が阻害されるので、抑制の克服が必要である。一方、今年電気料金の大幅な値上げが進んだ。ウクライナ危機に端を発した化石燃料の高騰が原因である。しかし九州電力の値上げ幅は他社よりかなり小さい予定である。これは原子力発電が他電力会社に比べて導入割合が多く、化石燃料負担が小さいためである。原子力発電については電力、エネルギーコストを考慮しての判断が必要である。米国、EU、中国などは小型炉、大型炉の計画、建設が相次いで進んでおり、何故、進展しているのかを注視する必要がある。
再エネの導入拡大、出力抑制克服にはエネルギー貯蔵・変換が必須である、さらに各蓄エネ技術を最適混合したEnergy Storage Best Mixが必要といえる。リチウムイオン電池に代表される電力貯蔵が電気自動車のkWhオーダーから電力グリッドのMWhオーダーで引き続き開発が求められる。しかしリチウム、コバルト、ニッケルなどの素材は生産国が偏り、代替材料の開発とともに、材料の循環再利用が重要である。また、安価かつ大量貯蔵には熱貯蔵(蓄熱)も代替候補である。日本の最終エネルギー消費中のエンタルピー基準での熱需要は7割(概算300 GW)であり、様々な温度域での蓄熱・熱利用がCN(カーボンニュートラル)達成に量的に重要であり、新規の蓄熱材料、システムが求められる。
ゼロカーボンエネルギーを活用した物質変換も重要である。水電解によるグリーン水素製造が基本である。水素は環境性の高いエネルギーキャリアであるが体積当たりのエネルギー密度が低く、加圧、液化に相当量のエネルギーを要し貯蔵、輸送に多大なコストがかかる。よって水素キャリアとして輸送が比較的容易なアンモニアの検討が進んでいる。また、排出二酸化炭素(CO2)とグリーン水素から合成された炭化水素燃料であるe-fuel、さらにSAFは環境性の高い合成燃料として注目されている。一方、利用側は電力、熱、水素でエネルギー代替できない分野が存在する。例えば長時間、大出力を要する移動体ではディーゼルエンジンは耐久性が高く引き続きの利用が求められる。EUでは2035年までに移動体の全ての電動化を一旦決めながら、e-fuelに限ってエンジンへの利用を今年認めることに転換した。しかしe-fuelを燃焼すればCO2が二次的に発生しCNは50%しか達成できない。そこでCO2の回収、e-fuelへの再生する炭素循環(CCR, CO2 Capture and Recycling)が必要と予測される。CCRは炭素ネガティブエミッションを包含する。
製鉄分野はCO2排出が大きい分野であり、水素直接還元製鉄によるCO2排出を伴わないグリーンスチール生産が進展している。スウェーデンのSSAB社はHYBRIDブランドで水素還元製鉄を実現しグリーンスチール製造を2021年に開始している。従来水素は石炭に対し高価で利用実現困難と思われていたが、スウェーデンの豊富な水力発電を用いた水電気分解水素を用いてHYBRIDが実現されている。製銑コストはカーボンプライシングを考慮すると在来銑鉄の1.3倍程度であるという。グリーンスチールは高価であってもメルセデス・ベンツ、ボルボが購入している。原料製造までCO2発生をさかのぼるScope 3基準でのCO2フリーのグリーンカーの素材として、今後、需要が伸びると予想される。SSABは水素製鉄を着想した2016年からわずか5年で製造プラント稼働に至っている。スウェーデンではさらにH2 Green Steel社が2030年に大型高炉を上回る500万トン/年の水素製鉄プラント建設を計画している。
CN(カーボンニュートラル)のための産業の非連続的なGame Changingが世界中で進んでいる。製鉄を一例としたが、他分野のGX(グリーントランスフォーメーション)化が一層必要があろう。Tokyo Tech GXIでは産官学連携委員会(INDUSTRY-GOVERNMENT-ACADEMIA COLLABORATION COMMITTEE for GX, IGAX)を組織しGX技術創成の検討を進めている。Tokyo Tech GXIでは図1のビジョンの実現のために真に必要なGX技術の創出を目指している。IGAXを通して異業種と思われた分野同士が連携しての課題解決と技術実現による世界のGX加速が大変幸いである。
特に日本では工業技術分野での技術連携は従来より進んでいる。その良き連携の文化を生かして世界を主導するGX技術の進展を願っている。