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エグゼクティブ・サマリー
東京工業大学科学技術創成研究院グリーン・トランスフォーメーション・イニシアティブ(Tokyo Tech GXI)(文部科学省事業)は,2050年を見据えて「社会的慣性を見越したアフォーダブルな移行でカーボンニュートラルを達成」を主張点とする「GXI VISION 2050」を表明する.
- 現状整理
カーボンニュートラルの達成には輸入化石燃料を必要最小限まで絞ることが不可避である.二酸化炭素回収利用貯留(CCUS)等を導入するにしても,産業や運輸の電力化率の向上とその電源の再生可能エネルギー(再エネ)や原子力等による一次エネルギーの非化石化が必要である.非化石化は変動性の再エネ(VRE)が主役であり,電力の需給バランスのための柔軟な調整力確保と,VREの大量導入に伴う余剰分を受け入れ可能な大規模なエネルギーストレージの導入促進が求められる. - 2050年に向けた展望と基本政策
カーボンニュートラル実現は多様な対策があり得る.日本は,原子力に対する社会的合意だけでなく,大陸国と比較しても再エネ,CCUSなどについてもコストや量的ポテンシャルの面で国際的に優位とは言い難い面があるが,保有技術を組み合わせることでコスト上昇を可能な限り抑制した対策が実現し得ると期待される.以下が重要となると展望される.- 適正な水準でのVRE導入と,原子力やCCUSを含めた適正なエネルギーミックスの実現
- 海外のコスト競争力を持つ資源再エネ等の活用による,水素,アンモニア,合成燃料(e-fuels)の活用
- 系統増強の必要性を抑制する国内における電力需要の適正な配置
- 国内再エネの更なる活用のため蓄電に加え,揚水,蓄熱などより広範な電力需給対策
- 新たな課題として注目すべき論点
- 産業構造や人口動態の変化はあるものの,DXの推進は予想を超える電力需要増となっており,需要に合わせて給電指令可能な電源の長期的な確保が重要である.
- 短期間でのカーボンニュートラル(CN)達成・GXの実現にはVREの主力化に加えて非化石で大容量の同期化力を提供可能な電源として,水力発電や既設原発などの既存アセットの最大活用と,ΔkWとkWhの双方を確保できる電源も維持・更新が重要である.
- 一方,確保すべき容量に対して設備利用率が低く,投資回収の観点から思惑通り導入や更新が進まない可能性がある.
- Hard-to-abate sectorsの残余排出の課題解決だけでなく,必要な炭素源を確保した炭素循環型の産業に移行すべきである.
- GX実現に向けて強化すべき技術
Tokyo Tech GXIのGXI VISION 2050では,GXの実現によるCNの達成には,次の3つの技術が重要であると主張する.- 十分なゼロカーボンエネルギーの確保
一次エネルギーとして,アフォーダブルで十分なゼロカーボンエネルギーの確保のためには,再エネ主力化とともに原子力の利活用が重要であり,燃料からプラントシステムのサプライチェーンの維持,ノウハウ継承と人材育成など,社会的慣性を考慮した施策が必要である. - エネルギー貯蔵システムの合理的な大容量化と調整力の確保
再エネ主力化において,様々なエネルギー貯蔵技術を合理的に統合・最適化したシステム(ESMOS)の重要性を主張する.ESMOSでは,蓄電や水電解水素を用いた燃料や化成品への変換のほか,相対的に安価な蓄熱技術の積極活用によって電力系統の調整力確保が可能となる. - 炭素循環によるGX強化
社会的慣性の大きなHard-to-abate産業は,炭素をエネルギーのみならず材料としても用いている.炭素の異業種間のバリューチェーンによる炭素循環型産業の確立がGX技術として重要であり,鉄鋼分野として炭素循環製鉄システム(iACRES) ,運輸部門におけるe-fuel炭素循環モビリティシステム(vACRES)などが挙げられる.
- 十分なゼロカーボンエネルギーの確保
以上のGX技術を基に,産官学市民が連携し,社会的慣性を見越したアフォーダブルな移行でのカーボンニュートラルの達成を望む.
*社会的慣性(social inertia):心理学や社会学において発祥した概念で,共同体などにおける社会の変化への抵抗や現状維持を意味する.ここでは,質量に比例する力学的な慣性とのアナロジーで,現代の共同体や組織における上記の概念に留まらず,長期利用を前提としたインフラ,巨額な生産設備,複合的で総体的に巨大なサプライチェーンなど,様々な要因で急激な変化が困難なことを総じて表しており,社会システム全般に概念を拡張して用いた.
**アフォーダブル(affordable):手頃で十分受容可能な,の意味であり,主にモノやサービスに対する対価や経済的負担などの文脈で用いられている.ここでは,単純に安価や導入のハードルの低さだけを追求しない姿勢のことを表し,経済面に限らず広義に用いた.